金融リスク管理専門家の内田善彦氏に米国のインフレや利上げの状況などについて伺いました。
内田善彦氏 プロフィール
1994~2023年日本銀行。金融研究所・企画役、金融機構局・企画役等。この間、2005~07年大阪大学大学院経済学研究科・助教授、2014~17年金融庁監督局・監督企画官、2017~19年東京大学公共政策大学院・教授、2019〜23年東京大学総合文化研究科・特任教授。金融機関のリスク管理・経営管理に関して様々な角度から考察を加える。東京大学工学部卒、同大学院修了(工学修士)、コロンビア大学大学院修了(ファイナンス数学修士)、京都大学大学院修了(博士(経済学))。社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。
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前提
今回のインタビューは、内田善彦氏、個人としてお受けいただいております。本取材における内田氏の発言は、内田氏の現在または過去に所属する組織と一切、関係がございません。その旨、ご理解のうえご覧ください。
取材実施日
2023年3月28日
インフレ率7-9%というフィアットマネーの価値毀損に対するヘッジとしてビットコインを持つというのはあり
ーー一般の投資家やトレーダーが現在の不安定な状況でマーケットを捉える際に、米国の大手銀行の株価を見れば、ある程度参考になるという部分はあるのでしょうか。
銀行の株に限らず、債券、為替の動きを見てもいいでしょう。ビットコイン系の投資家であれば、金(ゴールド)のマーケットを参考にするのもいいと思います。
ちなみに、フィアットマネーに対する信頼が揺らいでいるというクリプト系の議論に関しては、私は同意していません。
そういう考え方はもちろんありますが、そこに到達するまでにはまだまだステップがあると考えていて、いまのところそのステップには至っていないと考えています。
ーーそのステップとはどういったものでしょうか。
まず、フィアットとしての米ドルの信頼が地に落ちるということですよね。そんなことを米国が許すかというと、当然許しません。
米国は様々なファイナンスの手段を持っていますし、軍隊も相当程度の力を維持していますので、そうなる前に使われる政策手段はまだまだあると考えています。
一方で、多くのマネーを実態経済に流したことは事実で、過去に見ない、インフレの急速な高まりも実際に起こっています。
ですが、本当に、インフレを貨幣の信頼が毀損するというシグナルとして捉えるべきか、というのは私はいまの段階では違うと考えています。
ーー最近のビットコインの価格上昇についてフィアットマネーからの退避であるとの見方を示す人がいますが、これについてはどう思いますか。
ハイパーインフレの入り口だからビットコインで持っておく、というのは極端な話です。
インフレ率が7-9%まで上がっているからフィアットマネーの価値毀損に対するヘッジとしてビットコインを持つ、ということであればありだと思います。
ただ、そういうスタンスであったとしても、ビットコインのボラティリティや不確実のリスクプレミアムを引いて考えると、普通の人がビットコインに投資するというのは少し危険だと考えています。
普通の人はゴールドぐらいにしておくのがいいんじゃないでしょうか。
ーー「米ドルの信用失墜によりビットコインが90日後に100万ドルになる」との元コインベースCTOの主張が話題ですが、これに関してはどのようにお考えでしょうか。
ビットコインが90日以内に100万ドルになる、と主張することで、その人が得をするのか損をするのか、と発言の裏を考える方が私は面白いと考えています。
リスクマネーがかなり警戒感を持っている
ーー米国のインフレや利上げの状況についてどのように見ているのでしょうか。
この議論では労働統計とインフレ率、この二つは最低限見るべきでしょう。
これらのデータは、シリコンバレー銀行破綻だ何だとメディアが騒いでいるほどには、傷んでいないと見ています。
そのうえで気になるのは、不動産市場がかなり弱くなってきていることです。リスクマネーがかなり警戒感を持っていて、そういったところから様々なマクロ統計が弱くなる可能性はあると考えています。
一方で、現状のインフレ率は政策的にまだ対応が必要なレベルですね。
この二つの要因が今後どのように資本市場または経済全体のマーケットで咀嚼されていくか、という流れを見なければいけません。
いまのところ、いきなり利下げになるという見方を持っている方がいるとすれば、それは少し極端ではと考えています。
地政学リスクや環境問題、中国の資本市場について注意が必要
ーーいまのマーケットで、市場にまだ織り込まれていないだろうリスクにはどのようなものがありますか。
地政学的なリスクについては、コロナとウクライナ戦争で資本市場のルールが相当程度書き変わっていますので、それがどこまで落ち着くか考えていかなくてはなりません。
ほかには、環境問題についても注意が必要です。
SDGsやESGの主張、グリーンボンドはもうやっていけない、資本市場とは違う、といったいろんな議論がありますが、そういう議論は単に資本市場の取引上のテクニックの問題です。
CO2をはじめとした環境問題は、宇宙船地球号の外で生活することが現実的でない人類にとっては待ったなしの問題です。
これらの問題について、ある一点を過ぎたときに、崖から落ちるような形で対応を迫られる可能性があると考えており、いまのマーケットではこの点に対する配慮の優先順位が下がってしまっていることをすごく気にしています。
そのほか、中国の資本市場に関して、実は出てきていない悪い数字がたくさんあると考えています。
特に中国の不動産市場は弱まってきており、何らかのリスクがスピルオーバーしてくると、いまのG7は受け止めきれないのではないでしょうか。
そういったリスクの波及は、全体としてはあまり織り込まれてなさそうで、個人的にはかなり気にしてます。
努力の省略は市場では必ず負けに繋がる
ーーマーケットの情報収集について気をつけていることなどはありますか。
フィナンシャルタイムズとウォールストリートジャーナルは目を通しておいたほうがよいと考えています。これでなければ、Mediumでもnoteでも、様々なブログなどに目を通しておいたほうがいいです。
少なくとも、クリプトだけを取ってみても、日本経済新聞だけを読んで相場を張ると必ず負けます、ということは言えると思います。
フィナンシャルタイムズは日経の資本が入っているので日経が翻訳をしていますが、コラム記事の8割を翻訳して残り2割の翻訳を出していないときがあり、その2割に重要だと思われる情報が入っていることがあります。
翻訳記事をそのまま鵜呑みにするというのは、私から見ると努力を省略しているだけです。
そして努力の省略は、市場では必ず負けに繋がるというのが私の経験則です。
ですので、情報収集に関しては、広く浅くが基本かなと考えています。
価格変動ではなくクリプトの枠組みを作るということに興味
ーークリプトについてはどのように情報収集されているのでしょうか。
Twitterから始まって、クリプトに関するの様々な書き込みを追いかけています。
マーケットに関しては、DefiLlamaやMessari、大きな取引所の取引システムなどを見ています。
ステーブルコインは、USDTとUSDCはこういう感じで動きが違うんだ、ディペグ怖いな、みたいに私なりに追いかけています。ステーブルコイン以外は細かく見ていません。
また、情報は追っていますが、こういうことがあったら自分のポジションを動かそうかとか、そういう感じではやっていません。
私はクリプトの枠組みを作るということには興味はあるんですが、クリプトが上がった下がったという部分に関しては、本気でクリプトをやろうと思った瞬間から距離を置いています。
そういった意味で、皆さんがびっくりするような安い価格でビットコインを売り払ってますし、クリプト長者とは違うので、夜中に私を襲っても何も出ません。
ーー2023年3月にUSDCがディペグした時も見ていたのでしょうか。
もちろん見ていました。
普通に考えたらシリコンバレー銀行からUSDCの資金を引き出せないわけですから、ディペグはもっと激しくなったはずなんですよね。
FRBが動くことは教科書的には禁じ手ですが、もし預金保護していなかったらUSDCはかなりひどい状況になっていたと思います。
そういった意味では、今回の超法規的、禁じ手的な対応は良くないとは思っていますが、短期的には有りだったかもしれないですね。
全額保護によって救済はされたが今後モラルハザードを起こしかねない
ーー禁じ手というのはモラルハザード的に、ということでしょうか。
そうですね。
ポジションをとった人が失敗しても許されてしまうことが今回で明らかになってしまったので、今後、同様の銀行破綻が発生した際にFRBは同じ対応をとらざるを得ないはずです。
こっちは救済、こっちは救済不可ということをやると、市場は今度はどこが救済不可なんだ、ということを探し出しますから。
ただ、全額保護をずっと許してしまうと、ものすごい高い金利で預金を集めて、それで収益が上がらなくて破綻したら全部保護してくれるんでしょ、という話になってしまう。なのでこれはあくまで禁じ手だと思います。
ーー日本では物価が上昇しつつも金利を上げておらず、様々な理由で金利は上げづらいという見方がありますが、どのようにお考えでしょうか。
日本の市場の情報こそ海外のメディアから情報を拾っていただけると、様々な情報を拾うことができるかなと考えています。
日本人は、日本に関する特殊な見方を持ちがちな国民なので、日本語と日本語以外とそれぞれの議論を見ていただいて、日本円が今後どうなるのかを認識を固めていただくのがいいかなと考えています。
米国は本質的には資本注入できない
ーーそのほか、マーケットで注目していることなどはありますでしょうか。
おそらくこの記事の読者は、日本と米国と欧州、それぞれの銀行に関する監督および救済の枠組みの差をあまり意識されていないと思っていますが、これは細かなようで結構な違いがあります。
ーーどのような違いがあるのでしょうか。
日本は、銀行に資本を直接注入できる制度を持っています。仮に国内でシリコンバレー銀行みたいなものが出てきたときに、米国とはやり方が違います。
日本は資本注入できてしまいますが、米国は本質的には資本注入はできない。そうすると、今回のように、ブリッジバンクを立てて終末処理をすることになります。
資本注入の話とは別に、取り付けがあったところで、経営的に倒れない銀行なら、中央銀行が流動性を供給して一時をしのぐことが可能です。これは日本でも米国でも大差ありません。
米国もバランスシートに懸念がある先には流動性供給できないので、預金が抜けたからといって、FRBが最後の貸し手となってお金を注入することはできないわけですよ。
銀行もバランスシートを持っていて、資産が傷んだときに資本がどうなるのかという話です。資本が注入できれば、どれだけ資産が痛んでもバランスシートが立つ(すなわち、銀行は外形的にはそのままの形で営業を継続できる)わけです。
制度として優れているかどうかは置いておいて、そういう制度があるかないかということは知識として持っておいたほうがいいと考えています。
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内田氏のインタビュー、3記事目では「ビットコインは価値を生んでいない」「新規ユーザーが持ち込むマネーが将来のキャッシュフローであるとするならば、それはポンジスキーム」などについて伺います。
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