1990年代からインターキュー(現・GMOインターネット)やDeNA、ザッパラスなどのIT企業にエンジェル投資を続け、これまで80社を超えるベンチャー企業やスタートアップを支援してきた加藤順彦氏。最近は暗号資産に関わる事業にも積極的に投資している。長くIT業界に関わってきた加藤氏に、今の暗号資産、ブロックチェーン関連ビジネスをどう見ているのか聞いた。
インタビュー・編集:内田 誠也
執筆:山本 裕司
加藤順彦氏 プロフィール
ITビジネス創世期にインターネット広告会社「日広」(現・GMO NIKKO)を設立、後にGMOへ売却。ザッパラス、DeNAなど多くのIT企業にエンジェル投資家として参加。暗号資産では創業からbitbank、Slash Fintech、Cygnos Crypto Fundに出資。その他、家業承継し理美容シザーの買取と研ぎ&他家MSC金太郎細胞点滴の提供など幅広く活動。Twitter:https://twitter.com/ykatou ブログ:https://katou.jp
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ISP事業の勢力図を一変させたYahoo!BB
――いまの暗号資産取引所はかつてのインターネットサービスプロバイダー勃興と類似しているとの発言を拝見しました。どのように類似しているのでしょうか。
時系列を順に追って説明します。
1996年から2002年頃にかけて、熾烈なインターネットサービスプロバイダー(以下、ISPと記載)の競争がありました。
インターネットの普及当初は、パソコンメーカーがISPに取り組んでいたんです。
富士通系がニフティで、NEC系がビッグローブ、ソニー系のソネット、あとはNTTやIIJなどの大手の通信業があり、GMOやライブドアもあってと、20社ほどの会社が同程度の規模で利用者を奪い合っていたんですね。
ところが2001年にソフトバンクグループのYahoo!BBがADSLブロードバンド接続サービスを始めて、インターネット業界に参入すると状況が一変してしまった。
Yahoo!BBの戦略はすさまじかったです。
他のISPが月額6,000円ほどでサービス提供していたのに対し、Yahoo!BBは月額2,000円ほどで提供。テレビCMもバンバン流して、原価数万円もするモデムを街中で無料で配布しました。
大胆にコストをかけユーザー獲得に動いたんですね。
これを機に、ほかのISPも一気に料金を値下げし、規模の小さな会社は生き残れなくなった。
大きな会社も戦略を見直したんですが、競争についていけず、Yahoo!BBがほとんど独り勝ちのような状態になりました。
このYahoo!BBの取り組みによって、国内のインターネットの普及は一気に広がった。そして、ISP事業者の淘汰も引き起こしました。
このとき、Yahoo!BBが現れなかったら、日本のISP業界はもっと違った形で推移したと思います。
ISPは料金はほぼ横並び、サービス内容もインターネットができて接続が安定すればそれでよい
――インターネット業界の勢力図が大きく変化したのですね。
一夜にしてというと大げさですが、プレイヤーが1年ほどでほとんど変わってしまった。それまでは二十数社が群雄割拠で顧客の奪い合いをしていたのに、すっかり様変わりしたんです。
なぜYahoo!BBがそのような大胆な価格破壊の戦略に出たかというと、ISPのサービスをよくよく考えると、根本はどこの会社も同じなわけです。
提供しているサービスの内容は同じなので料金はほぼ横並びだし、サービス内容もインターネットができて接続が安定すればそれでよい。そうなると各社のサービス品質に差が出づらい。
一度サービスを契約するとそれから他社への切り替えは起きにくい。引越しなどきっかけがない状況で、ISPを比較検討して切り替えたという方は少ないでしょう。
なのでYahoo!BBは一時的な赤字を覚悟でマーケティング費用を捻出し、一気にユーザーを獲得する戦略に出たのでしょう。
今、テレビで電気のCMをよく見かけますが、電気も同じですよね。ほかのサービスとセットなら料金が安くなるといった工夫でキャンペーンを提供していますが、電気の品質や料金が各社で大きく異なるわけではない。
それとISPも同じような状況だったわけです。
ISPの競争と同じように、取引所の熾烈なユーザー獲得競争は近い将来に終わりを告げる
――とても興味深いエピソードです。
僕は2014年にビットバンクの創業に参画したときから、ISPの競争と同じように、取引所の熾烈なユーザー獲得競争は10年以内に終了すると考えていました。
なぜなら、どこの取引所も根本的なサービスは同じなわけです。手数料が安く、売買や保管ができ、システムが安定して、ハッキングなど大きな事故が起きなければそれでいい。
かつてのISPの戦いにそっくりなんですね。
ある時期から、取引所のさまざまな広告が、テレビやネット、交通広告で頻繁に露出するようになりました。どれも著名なタレントさんを起用し企画がよく練られたものです。サービスで差がつきづらいから、このように広告の量と質を頑張らなければいけない。
ISPの競争と似ています。
そしてもう一点。
インターネット黎明期、インターネット産業でビジネスとして成り立っていたのはISPだけでした。なぜならISPとはインフラだからです。インフラが普及してはじめてその上に乗るサービスが成長することができる。
同様に、今の暗号資産の領域でビジネスとして成立しているのは取引所だけだと僕は思っています。取引所以外はほとんど商売になっていない。取引所が大量の広告を出稿して競争できているのは商売として成立しているからです。そして取引所とはインフラですね。
これも当時のインターネット産業と非常に似ています。
なので、僕は近い将来に取引所間の競争は終わりを告げ、暗号資産は新たな競争の時代に入ると思っています。
まとめると、ISPは下記三段階の変遷を辿っています。
- 96-98年 草の根ISPと旧パソコン通信2社のストリートファイト(戦場は雑誌広告とアキバ専門店)
- 98-00年 家電系と電話3社の札束の殴り合い(戦場は量販店の店頭とマス広告)
- 00-02年 Yahoo!BBによる市場構造破壊と普及浸透(初期費用の無料化と機器配布の全国焦土作戦で決着)
それに対して暗号資産の取引所は下記のとおり変遷しています。
- 14-17年 業登録不要期 どの事業者も自由に開業できた(Coincheck, bitFlyer, bitbank等が残った)
- 17-現在 業登録以降 金融庁の手前、参入を見合わせてたFX3社とネットサービス大手が参入(FX大手及び残存組がマス広告出稿)
※編集者注:より詳しく当時の変化を知りたい方は加藤氏の振り返り記事をご覧ください。「私も履歴書 33|ISP広告、百花繚乱。」
取引所間の競争・普及が終わり、次はサービスレイヤーの勃興を迎える
――取引所の競争が終わると次はどのような競争になるのでしょうか。
これもインターネット産業を例に説明します。
ISPの熾烈な競争がYahoo!BBの登場で落ち着きを見せた2001年から2003年、次に何が起こったかというとサービスレイヤーの勃興です。
例えばEC。僕がLENSMODEに出資をしたのは2003年で、まさにその頃だったわけです。
当時はサービスレイヤーの会社は楽天ぐらいで、ほかはほとんどなかった。Amazonもまだ日本ではほぼ存在感がなかったです。ECやSaaS、ゲーム等コンテンツの競争が始まったのはそれからです。
ISPというインフラの戦いが終わった後にECなどサービスレイヤーの競争が始まったように、暗号資産でもインフラ、つまり取引所が競争し十分に普及したら、上のレイヤーの時代が始まると思っています。
DAppsなどチェーンの上に乗ったサービスの競争が本格的にはじまるわけです。
――サービスレイヤーの勃興が始まるとのことですが、具体的に注目しているプロジェクトなどはありますか。
最近だとNFTやGameFiなどが話題ですが、僕はそのような中での個別のプロジェクトの良し悪しは正直よくわからない。どちらかというと僕は個別のプロジェクトではなく群で考えています。
僕が自分なりに今後、最も需要が望めると思っているのは決済です。
例えば、GMOグループで最も時価総額が大きい会社はGMOペイメントゲートウェイという会社で、単体で約9,000億円の時価総額があります。
決済サービスの会社で、非接触決済、インターネット決済などの事業を展開していて、毎年成長を続けています。
同じように、暗号資産でも決済の領域は今後重要な領域の一つになると考えています。それもあってSlashの創業に参画したわけですね。
編集者注:2022年12月期 第3四半期決算説明会 GMOインターネットグループ株式会社 より引用
サービスレイヤーが普及していくためにはインターオペラビリティの実現が必須
――暗号資産で決済のサービスがこれから開始、普及していくにあたって、なにが重要な要素だと考えていますか。
決済はインフラが普及していることが前提です。インフラはネットワークがつながっているということも重要な要素の一つです。
これもインターネットを例に説明します。
インターネットが普及する前、オンライン通信と言えばパソコン通信だったんです。ニフティサーブとかPC-VANとかありましたが、パソコンとホストを結んで多くの人と情報をやり取りするクローズドな通信ネットワークで、それが世界を繋いでいました。
ところが、インターネットというオープンなネットワークが登場して、クローズドな通信は姿を消しました。世界中のあらゆるパソコンがインターネットを通して接続できるようになった。
今の暗号資産も当時のパソコン通信と同じ状況にあります。1個1個のチェーンがバラバラで、つながりがない。
例えば、いまはイーサリアムのチェーン上のウォレットから、ビットコインのチェーン上のウォレットにトークンを直接には送付できません。これでは利便性が低いです。
そこで、異なるチェーン同士でもトークンの行き来が自由にできるよう、インターオペラビリティを実現させようという動きが進んでいます。CosmosやPolkadotなどのプロジェクトがそうです。
まさにパソコンにおけるインターネットの役割です。
今は過渡期ですが、10年後にはきっと、各チェーンがバラバラで接続していない時代があったのか、と若い人が驚くような時代が来るでしょう。今の若い人がインターネットがない時代のパソコン通信を想像できないのと同じように。
消費者保護の観点からいえば日本の法規制は間違っていなかったことが証明された
――暗号資産では2022年、大きなトラブルが相次ぎましたが今後にどのように影響すると思いますか。
22年にはLUNA・USTの暴落や、FTX破綻など大変な出来事が続きました。これによって暗号資産や取引所に対する信用は地に落ちました。
日本でも多少ニュースにはなっていますが、アメリカやヨーロッパの実被害は日本の比ではありません。市場は完全に冬の時代、すっかり冷え込んでいます。
ーー日本と欧米でそれほど差があるのはなぜでしょうか。
2015年から2018年にかけての暗号資産ブームは、中国と日本が牽引していました。中国ではマイニングがブームになり、日本では投機の対象として人気を集めた。
日本人はもともとFX、外国為替取引を好きな人が多くて、世界のFX市場の半分は日本人だとも言われています。FX以外でも外国の通貨に資産を振り分けている人は多い。だから、暗号資産にも入りやすかったのではないでしょうか。
しかし、2020年以降の暗号資産相場を支えたのはヨーロッパと北米でした。ここ数年は現物のビットコインがETFに組み込まれる話も盛り上がっていた。アメリカでは401k(確定拠出年金)といった個人年金の資金もかなり暗号資産に流れていたようです。
参考:確定拠出型年金でビットコイン投資、フィデリティが提供しマイクロストラテジー採用も
だから、LUNA、FTXと暴落が続いてヨーロッパ、北米では暗号資産で大きな損失を出した人が多く、今は「マーケットは死んだ」とまで言われています。
日本では2018年1月にコインチェック事件がありましたよね。あの事件を経験したことによって、かなり被害を抑えられたと思います。
――コインチェック事件を契機に日本は規制が進みましたが、それに対してはどのように見ていますか。
コインチェック事件の反省を踏まえて、厳しい規制をかけた。国内の取引所は金融庁の指導に従って仕組みを改善しました。
なので日本国内の取引所であればFTXで報道されているような資金の私的流用なんてありえない。顧客の資金は毎日、個別管理してますから。
日本で暗号資産を保有している人の多くは、2022年の価格下落で資産価値は下がったかもしれないけれど、預けていた資産がすべて消えてなくなった、みたいなことにはなっていない。
日本は規制が厳しいなどとよく言われますが、消費者保護の観点からいえば、法規制は間違っていなかったことが証明されたということだと思います。
欧米の冷え込みの影響は、2023年中も尾を引くのではないかと僕は見ています。一方で、日本の法規制が日本の利用者を守ったということに世界は注目している。暗号資産の安全性を考えるうえで、この意味は大きいと思います。
かつてのインターネット業界のように、暗号資産の世界でも大きなパラダイムの転換が起きるという加藤氏。次回は暗号資産のマーケットの見方や暗号資産の将来についてお聞きします。
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