ビットコイナーの東晃慈氏に、ビットコインやLNがマスアダプションするためには何が必要かなどについて伺いました。
東晃慈氏 プロフィール
2014年9月よりビットコイン、暗号通貨業界でフルタイムで活動。暗号通貨関連のコンテンツ制作、メディア運営、サービス企画・開発、国内外のプロジェクトの支援など幅広く活躍。ビットコイナー反省会、Diamond Hands主宰。
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取材実施日
2023年9月15日
政府の信頼が低い、あるいは通貨が激しくインフレーションしている、自国通貨への信頼が低い国でビットコインは評価されやすい
ーー普及に関して中南米で普及が進んでいるのはなぜでしょうか。
正直、私もよくわかっていません。
確認できているトレンドの一つは、エルサルバドルのビットコインビーチやビットコインビーチをもじったビットコインジャングルなど、多くの国々で物理的なビットコインの開発、普及の拠点を作る動きがあるということです。
これら地域社会やビットコイナーの積極的な活動により、普及が進んでいると考えられます。
また、イーサリアムでUniswapを使うのに、高いときはガス代で数千円から数万円の費用がかかることもありますが、これらの地域の人からすると高すぎて使えません。その点、LNは手数料が安く少額でも送金が可能であり、利便性は高いと言えるでしょう。
加えて、例えばアルゼンチンなど、政府の信頼が低い、あるいは通貨が激しくインフレーションしている、自国通貨への信頼が低い国ではビットコインは評価されやすいです。
参考:アングル:インフレ加速のアルゼンチン、仮想通貨が人気 | ロイター
これら様々な要因がありますが、日本居住の日本人からは想像もつかないような普及方法や国ごとの常識が存在するという認識が必要です。
日本を基準に考えるのはやめるべきであり、日本はこの点で特殊な状況にあると言えます。
日本は取引高とユーザー数はあるもののビットコインに対し否定的でインフレ懸念も低いのが特殊
ーーそういった意味で、日本と似た特徴を持つ国はありますか。
韓国はクリプトにおいて日本と非常に近い状況にあります。また、私は現在台湾に居住していますが、台湾も日本といくつかの面で近いと感じられます。
ヨーロッパに目を向けると、開発者の数や興味を持つ層は日本よりも多いです。
制度面で見ればドイツと日本はそれほど変わらない印象です。イタリアは税制が複雑で、その影響でビットコイン関連の取引も困難であるとの声を聞きます。LNを用いた決済が普及していないという点では、日本と似た状況も見受けられます。
日本が特殊なのは、一定の取引高とユーザー数があるにも関わらず、ビットコインに対する一般的な印象が悪く、インフレなどに対する懸念が弱いということです。
インフレを気にしていないとまではいかないものの、感度が低い人が多いのは国際的にも珍しい状況だと思います。
また、LNは全く使われていないと指摘されることもありますが、それは日本だけしか見ていないからで、いま話した通り日本以外では徐々に普及が進みつつあります。
日本を基準に世界を見るのは明らかに誤りであり、クリプトに限らず他の分野においてもそのような視点は避けるべきです。
海外でのWeb3やDeFiの動きは鈍化
ーー日本で盛り上がっているWeb3的なプロジェクトは、米国やドイツでもあるのでしょうか。もしくは日本だけでしょうか。
最近の海外のWeb3事情は私が把握していない部分も多いのですが、米国とヨーロッパがプロジェクトの中心のようで、これらの地域では日本よりも活発です。
ただ、NFTについてはOpenSeaの取引高が減少しているといった最近の報道もあり、米国では下火になっているようです。これはカンファレンスなどでも感じられます。
あくまで一時的な流行で、猿の絵が何億円で売れたなどの話題も短命で、永続するものではないと思いますね。
参考:大手NFTマーケット「OpenSea」、過去2年間最低の取引高を記録 – CRYPTO TIMES
DeFiも今後規制が厳しくなる可能性が高く、かつての勢いはそれほどありません。元々はイールドファーミングでハイリスクハイリターンが得られるというのがDeFiの魅力でしたが、現在はAPYも下がり、国債を買った方が高いリターンが得られるという状況です。
総じて、海外の動きは鈍化しています。
一方で、日本は海外のトレンドよりも1年程度遅れる傾向があり、海外ではすでに下火になっている中、遅れてWeb3の関心が高まっているように見えます。
NFTが単にコレクティブアイテムとしての用途だけでなく多様な用途も有することは理解していますが、少なくともいまの状況を見ている限り、企業がこのタイミングでNFTに参入するのは非常に遅い印象です。
ビットコインのマスアダプションは必ずしも日常の決済で使われる世界を意味しない
ーービットコインやLNがマスアダプションするためには何が必要でしょうか。
これに関しては2点あります。
まず、ビットコインのマスアダプションという言葉で一般的に想像されるのは、あらゆる場所でビットコインで決済可能な世界だと思います。しかし、特に先進国と言われる国々、例えば米国や日本では制度的な優遇措置がなければ難しいでしょう。
例えばビットコインの少額決済の非課税化などが必要で、このような取り組みがなければ「あらゆる場所でビットコインで決済可能な世界」の実現は難しいと思います。
二つ目として、ビットコインのマスアダプションは必ずしも日常の決済で使われる世界を意味しないということです。
データの高速なやり取りやコンピューティングリソースの売買など、新しい市場においてビットコインやLNが中間通貨として活用されることでマスアダプションする、という世界線も十分にありえます。
ビットコインのマスアダプションを考えるときに目に見える形での利用だけを考えるのではなく、国際送金や新たな市場創出の裏側で活用される視点も重要だと思います。
ーー日常生活でのビットコインの決済の普及について、日本と海外での違いはありますか。
店舗での使用について言えば、国によって大きく異なります。
日本のような国では、多くの人々がまだビットコインについて十分に理解しておらず、既存の決済手段であるPayPayなどが便利とされています。また、政府への信頼が厚いことや既存の決済インフラが整っていることが皮肉にもビットコインの普及を妨げていると感じています。
このような国とは対照的に、発展途上国や後進国と呼ばれるような国々では、このような既存のインフラがそもそも存在しないため、大きな普及の可能性を秘めています。
銀行口座を持っていない人が多い国ではビットコインを利用するインセンティブは必然的に高くなります。既得権益の強さやインフラの安定性、信頼性は、ビットコインのような新しいテクノロジーが普及する上で、非常に重要な要素であると考えています。
結局のところ、日本はこれらの側面を考慮すると、新しいテクノロジーの普及においては不利な立場にあると言えるでしょう。そのような中で日本でビットコインが流行するためにはトップダウンのアプローチが必要で、もし政府がLN決済を国家戦略として推進するようなことがあれば普及の可能性は高まるかもしれません。
ただ、それがビットコインにとって正しい姿なのかはわかりませんが。
ーービットコインやLNのマスアダプションについて日本以外の国々においてはいかがでしょうか。
大きく分けて、マスアダプションには2つのパターンが考えられます。
一つは、国家戦略として政府が主導しトップダウンで推進する方法。
もう一つは、市民がボトムアップで自国の不安定な通貨を放棄し、自らビットコインを選択する方法で、自国の通貨や政府への信頼が元々低いほうが普及を加速させる要因になると考えています。
中南米の国々、特にエルサルバドルのように、経済的な問題やインフレーションに直面している国では、金融インフラが十分に機能しておらず、政府のトップダウンの戦略としてビットコインを採用する動きが見られます。
例えば、アルゼンチンでは、現在、大統領選の第一候補とされる人物が自由主義者であり、中央銀行の廃止やビットコインの推進を主張しています。
参考:アルゼンチン大統領選挙の予備選「ビットコイン支持派」のハビエル・ミレイ氏が首位に|ビットタイムズ
ウォレットのUX改善よりも極端なストレスや問題が生じた際にビットコインのマスアダプションは進む
ーー例えばウォレットのUXが劇的に改善されたり、STEPN的なキラーアプリが登場することによって一気に普及が進むことはあり得るのでしょうか。
それはわからないですね。
インターネットも、いわゆるキラーアプリが登場して一気に普及が進みましたし、初期の普及においてアダルトコンテンツなどが普及のブーストになったと聞いたこともあります。
ただし、ウォレットのUXが改善されれば確かに利用者数は増えるでしょうが、それが爆発的な増加に繋がるかというと私は懐疑的です。
爆発的に増えることがあるとすれば、ウォレットを使わないと生活が困難になる、資産が失われるなど、極端なストレスや問題が生じたときだと思います。
極端には、現地通貨のハイパーインフレが起きてしまえばウォレットのUXが多少悪くてもビットコインは普及すると思うんですね。UXの改善は重要なテーマの一つではありますが、マスアダプションのためには必ずしもそこがボトルネックではないと思います。
STEPNも一時的は盛り上がりを見せましたが、現在は大きくユーザーが減少しています。むしろ、STEPNや類似のプロジェクトで損を被った人や騙されたと感じる人が多数いて、彼らの印象はむしろ悪化していると言えるでしょう。
そのため、私はこうしたプロジェクトは普及に対してはプラマイゼロ、またはマイナスという見方です。
キャパシティだけでLNの成長を評価することはできない
ーーいまはLNの数字は伸びているのでしょうか。
少し前に米国のビットコインにフォーカスしている取引所であるリバーのリサーチアナリストがLNの利用状況に関する推計をツイートしていましたが、その推計によるとLNの利用が増加していることは確かです。
LN上でビットコインがロックアップされている量、キャパシティが一時的に大きく減少したことでLNの成長が止まった、利用が極端に少なくなったと指摘する人がいます。しかしキャパシティが下がってもネットワーク上のトランザクション数や金額が減少するとは限らず、キャパシティだけでLNの成長を評価することはできません。
実際、キャパシティが過剰で資金効率が低下していたことに気付いたリバーなどの企業が、戦略的にキャパシティを減少させ、資金効率を向上させるという選択をとっています。
資本効率以外にも、LN上に必要以上の資金を保持してしまうと、ハッキングされた時のリスクも増大します。
キャパシティは下がってもLNの利用は確実に増加していますし、最近ではバイナンスがLNに対応し、コインベースの代表がLNの実装を進める発言をしたりと、徐々にLNの普及が進行しているというのが実態です。
参考:バイナンス、ビットコインの入出金をライトニングネットワークに対応開始 | あたらしい経済
参考:コインベースCEO、ライトニングのサポートを発表 | CoinDesk JAPAN
RGB上で発行されるステーブルコインをLN上で迅速かつ安価に送金できる技術が注目されている
ーーLNでスマートコントラクトを実行可能にするプロジェクトの進捗はいかがでしょうか。
RGBだと思いますが、これはクライアントサイドバリデーションという技術をビットコイン上で適用し、オフチェーンでスマートコントラクトの実行を試みる技術です。
イーサリアムのようにオンチェーンでスマートコントラクトを実行するアプローチはスケーラビリティの問題や高額な手数料、プライバシーの問題が常に伴います。
RGBはこれらの問題を解決し、よりスケーラブルで、プライバシーを重視し、設計上も優れたスマートコントラクトを目指しています。
そしてRGBやLightning Labsが主導するTaproot Assetsでは、オフチェーンで既存のDEXのようにスマートコントラクトを実行できるだけではなく、RGB上で発行されるステーブルコインをLN上で迅速かつ安価に送金できる技術を開発しており、徐々に注目を集めています。
複雑なプロジェクト、プロトコルのため時間はかかるでしょうが、活発なエコシステムが出てきて、魅力的なアプリケーションが登場すると考えています。
ーーイーサリアムの話が出ましたが、イーサリアムと比較していかがでしょうか。
イーサリアム系やその他の技術は多様化しており、例えばイーサリアムではzk Rollupが注目されています。
少し前に話題になったコインベースが推進するzk RollupのBaseは、コインベースが管理し必要に応じて特定のトランザクションを停止することが可能な仕組みです。
私の印象ではほぼプライベートチェーンに近いです。
参考:コインベース、レイヤー2ブロックチェーン「Base」を来週一般公開へ | CoinDesk JAPAN
zk Rollupの技術の安定性やトラストレス性について評価するのは難しいですが、LNとは検閲体制やオープン性の観点で異なるアプローチを取っているように感じます。
LNはビットコインの性質を保持しつつ、送金性能の性能を向上させることに重点を置いたプロジェクトで、この点において技術の力点が異なると感じています。
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東氏のインタビュー、最後の3記事目に続きます。
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