円安が止まる気配がありません。欧米各国もコロナ沈静化による経済活動再開とウクライナ侵攻によるエネルギー価格高騰の影響からインフレ懸念が高まり、自国通貨高を目指すようになっています。欧米が利上げに向かう状況下で日銀が簡単に利上げすることが難しいのはなぜなのでしょうか。
【過去1年間のUSドル/日本円の為替レートの推移】
なぜ欧米各国は自国通貨高を目指すようになったのか
数年前までは欧米各国も輸出競争力を高めるために自国通貨安を容認していました。日本は欧米から安過ぎる円を批判されてきました。
しかし、新型コロナ感染症が少し落ち着きを見せてきたことから経済活動も徐々に再開されてきています。こうした中でロシアによるウクライナ侵攻も長期化しており、エネルギー価格の高騰が続いています。
こうした影響を受けて世界的にモノの値段が上昇しており、インフレ懸念が急激に高まったことで、その対策として利上げによる自国通貨高を導くために利上げに踏み切ったという背景があります。
日本は2016年からマイナス金利政策を長年継続しており、世界的なインフレ懸念や円安を考慮すると利上げをしてもおかしくない状況ではあります。
しかし、日銀には簡単にマイナス金利政策を転換して利上げに踏み切れない理由があるのです。
目次
- 日銀が利上げできない理由1:金融機関が保有している国債の含み損が拡大する懸念
- 日銀が利上げできない理由2:借入金の返済が困難になる中小企業(倒産する中小企業)が増加
- 日銀が利上げできない理由3:住宅ローンの返済が困難になる国民(自己破産者)が増加
- 利上げできないが為替介入で円安を止めることも難しい理由
日銀が利上げできない理由1:金融機関が保有している国債の含み損が拡大する懸念
銀行や生損保などの金融機関は保険料や預金などで集めた資金を企業に融資して利鞘を得ることで収益を獲得しています。しかし、大企業は直接金融(エクイティファイナンス)で銀行から資金を借りるよりも安いコストで資金を調達することが可能です。
このように集めた資金の運用先がない金融機関は安全性が高い(リスクが少ない)日本国債で資金運用を実施します。日本国債はリスクが少ない資産として国際的にも認められています(BIS規制)。
銀行の安定性を示す財務指標である自己資本比率を計算するうえで、リスクフリー(リスクなし)の資産とされています。したがって、銀行や生損保は多額の日本国債を保有しているのです。
下記は銀行や年金基金など各金融機関・組織がどの程度日本の国債を保有しているかの一覧です。銀行や生損保が約15-20%の国債を保有していることがわかります。
【日本国債の保有比率と保有残高】
保有者 | 保有比率(%) | 保有残高(億円) |
日本銀行 | 48.2 | 5,156,087 |
銀行等 | 14.9 | 1,593,072 |
生損保等 | 20.2 | 2,159,279 |
公的年金 | 4.1 | 443,850 |
年金基金 | 2.8 | 302,272 |
海外 | 7.6 | 810,911 |
家計 | 1.2 | 125,503 |
その他 | 0.8 | 85,514 |
一般政府(除く公的年金) | 0.2 | 21,331 |
これまで長年不良債権処理に追われてきた金融機関はマイナス金利政策のおかげで経営を維持することができた、といっても過言ではありません。
ここで日銀が利上げに踏み切ることで、保有している日本国債の価格も下落し、保有者が多額の含み損を抱えることになります。
既に金利が上昇している欧米の債券については含み損が発生しており、外国債券の保有を増やしている金融機関にとっては既にその損失処理が大きな課題になっています。
このように国内金融機関に大きくネガティブな影響を与えることになる利上げには簡単に踏み切ることはできないでしょう。
日銀が利上げできない理由2:借入金の返済が困難になる中小企業(倒産する中小企業)が増加
「中小企業の借入金利等に関する実証分析-マクロとミクロの複眼的アプローチ-」によると、金利が低い時期には固定長期で借り入れる中小企業が多く、金利の上昇期には変動短期で借り入れる中小企業が多い傾向があるようです。
ただし、一般的には固定金利の融資よりも変動金利の融資の利率のほうが低いので、目先のメリットを享受するために変動金利で借入をしている中小企業も少なくないと考えられます。
変動金利で融資を受けている中小企業にとっては、電気量や原材料費の高騰に加えて、利上げが実施されれば返済額が増加し、ますます業績が悪化する可能性があります。
物価高に利上げが重なると、借入金の返済が難しくなり倒産する中小企業が増加するおそれがあるのです。
さらに、業績がよくない中小企業に対する貸し渋りや貸し剥がしのようなケースも起きるかもしれません。
日銀の利上げが原因で中小企業の倒産が増えた、という状況は避けたいはずなので、利上げは難しいと考えられるのです。
日銀が利上げできない理由3:住宅ローンの返済が困難になる国民(自己破産者)が増加
住宅金融支援機構の調査(2022年6月)によると、住宅ローンを利用している人の73.9%が金利変動型の住宅ローンを借りているとされています。
これまでは低金利のメリットを享受できた住宅ローンですが、利上げによる適用金利の上昇により、返済が厳しくなる人が続出する可能性があります。
インフレ懸念から国民生活にも値上げの影響が及んでいるので、住宅ローンの返済額が増加することで自宅を手離し自己破産する人が増加するおそれがあります。
さらに、住宅ローン金利の引き上げはこれまで順調だった都市部のマンション販売に水を差すことになりかねません。
中小企業の場合と同様に、日銀の利上げが自己破産者を増やした、という批判は避けたいと考えられるので簡単には利上げができないと考えられます。
利上げできないが為替介入で円安を止めることも難しい理由
為替相場を調整するためには中央銀行による相場介入が効果があるといわれていますが、現在では複数の中央銀行が連携して相場介入しないとあまり効果がないとも言われています。
国際的に巨大な為替市場の規模を考えると単独介入にはあまり意味がない、という意見も納得できます。
上述したように日本以外の国では自国通貨高を考えているので、協調して円買い(自国通貨の買い)介入に乗ってくる可能性は低いと考えられます。
もう一点日銀が円買い介入することが難しい理由があります。円買いは海外通貨の売りとセットで実行しなければなりません。
しかし、日本の法定通貨は円なので海外通貨(例えば、USドル)を保有するためには保有している米国債などを売却してUSドルを調達する必要があります。
つまり、保有している外貨準備高の範囲内でしか円買い(海外通貨売り)介入することができないのです。こうした手法では円高を演出する力が不足しています。
なぜならば、日本銀行が保有する外貨資産は83兆円(2022年5月)ですが、外国為替市場の1営業日の平均取引高は466兆1,534億円(2021年中、1ドル=109.88円換算)にもなるからです。
確かに利上げによって欧米各国との金利差が縮小すれば、一時的に円安のペースは落ち着く可能性があります。
しかし、景気悪化の懸念が円高へ反転する動きを上回れば、利上げ効果は消滅してしまうかもしれません。
利上げしたにもかかわらず円安になってしまうと、壊滅的な水準まで円安が進行するおそれがあるのです。
まとめ
世界的なインフレ圧力や利上げ傾向から日銀はいつ利上げに踏み切るのか、といったことが議論されています。
円安を止めるためにも利上げが必要である、という声は少なくありませんが、上述したように利上げは国民生活に多大なネガティブな影響を与えることが懸念されます。
こうした原因を「日銀が作った」と言われることは、残りの任期が少ない黒田日銀総裁が決断することは期待できないでしょう。したがって、現状では日銀は利上げに踏み切ることは難しいと考えられます。
日銀にとって理想的な展開は、欧米のエネルギー危機やインフレ圧力が低下して、利下げを実施できる環境が整うことで、(利下げが実行されて)円安が修正されるものです。
しかし、こうした展開が実現するまでには非常に多くの時間が必要なので現実的ではありません。それゆえに、現状では日銀は何もすることができず、様子見くらいしかできないでしょう。
ーーー
関連記事はこちら。