IT企業の創成期からインターネット業界に携わり、インターネットや暗号資産に関連する数多くの企業に投資をしてきた加藤順彦氏。暗号資産取引所の競争は間もなく終わり、これからは暗号資産サービスをめぐって各事業者がしのぎを削る時代が来るという。そんな加藤氏に暗号資産業界の現状や今後の展望などについて聞いた。
インタビュー・編集:内田 誠也
執筆:山本 裕司
加藤順彦氏 プロフィール
ITビジネス創世期にインターネット広告会社「日広」(現・GMO NIKKO)を設立、後にGMOへ売却。ザッパラス、DeNAなど多くのIT企業にエンジェル投資家として参加。暗号資産では創業からbitbank、Slash Fintech、Cygnos Crypto Fundに出資。その他、家業承継し理美容シザーの買取と研ぎ&他家MSC金太郎細胞点滴の提供など幅広く活動。Twitter:https://twitter.com/ykatou ブログ:https://katou.jp
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米中対立を中心としたCBDCやステーブルコインの動向に注目
――今後の暗号資産のマーケットについてどう見ていますか。
今、中央銀行デジタル通貨(CBDC)が注目を浴びていますよね。中国がデジタル人民元の開発に本腰を入れていますし、米国や日本でも研究が行われている。
僕が今、最も注目しているのはCBDCとステーブルコインです。
暗号資産の各トークンの時価総額は需要を反映していると考えていますが、それを見ると時価総額で最も大きいのはビットコインで、2位がイーサリアム、そして、USDTとUSDC、すなわち米ドルのステーブルコインが3位と5位に位置します。
つまり、ステーブルコインには需要がある。
僕は2022年に暗号資産の決済を手がけるSlash Fintechに参画しましたが、それも要因です。
実際に米国では規制化の議論が本格化していますし、日本でも3大メガバンクなどが参加してCBDCの実証実験を行っている。
参考:日銀「デジタル円」、3メガ銀と実証実験へ 23年春から
そうしたクリプトの実用化という流れも考えると、今注目すべきなのはステーブルコインの動向だと考えています。
――暗号資産も今後は実需を巻き込んだサービスになっていくということでしょうか。
世界の経済や金融は実需で回っているんです。ご飯を食べたり、家賃を払ったり、電気代を払ったりという実需があくまでベースです。
僕は、Slash Fintechは暗号資産による決済をWeb3.0のブロックチェーンの世界と現実世界を結ぶWeb2.5の事業だと考えていますが、実需、つまり日々の生活を切り離して暗号資産を語ることは無理があると感じています。
参考:「SlashはWeb3.0で流通する通貨を、Web2.0の世界で通用する通貨に交換するWeb2.5のサービス」エンジェル事業家・加藤順彦氏 2/4
これまでは界隈が暗号資産を新たなアセットとして薦めていたわけです。現金や株式、不動産など資産のポートフォリオに暗号資産も組み入れましょう、と。
これが、ここ5,6年続いていて、実際に暗号資産に投資する人も増えていたんですが、LUNAの暴落やFTX事件で痛い目に遭ってしまった。それだけに、暗号資産を投資だけのものにするではなく、実用的な機能を持たせることが重要だと思います。
ビットコインはデジタルゴールドでありポートフォリオに組み入れられるべきアセット
――暗号資産をポートフォリオに組み入れる動きは今後も強まるのでしょうか。
法定通貨に加えて、暗号資産もポートフォリオに入れるという流れは今後も続くと思います。僕は法定通貨とビットコインで1対1の比率で持つぐらいでもいいとさえ思っています。
僕はビットコイナーなので、米ドルの代わりにビットコインが世界の基軸通貨になるべきだとも思っています。
――ビットコインにまだ手を出せていない投資家が多数見受けられますが、これについてはどのように考えていますか。
ビットコインはよくデジタルゴールドとも呼ばれますが、これはビットコインの本質を表した秀逸な表現だと考えています。
ビットコインはまさにゴールドのようなもので、ゴールドもそれで買い物はできないけれど、世界中の資産家はたいていゴールドを保有しています。法定通貨を信頼しきらず、ゴールドで資産の一部を保全するわけです。
ビットコインはそのゴールドといくつもの共通点がある。価値の尺度や支払いに利用でき、価値の蓄蔵や交換の媒介として機能するなどです。
日本ではゴールドの保有率は低いけれど、海外の資産家はみんなアセットに組み込んでいる。同じように、ビットコインにも資産として保有する価値があるし持っていいと思っています。
基軸通貨をめぐる米中対立で大きな時代の転換期を迎えている
――ドルの基軸通貨としての立場が危ぶまれていますが、これについてはどのように見ていますか。
第二次世界大戦後、各国が大戦の戦災で疲弊する中、比較的ダメージの小さかった米国は財務状態もよく、米ドルは信頼された通貨でした。
石油の取引はドル建てが用いられており、長らく世界の基軸通貨として利用されてきました。
そして、ここ20年は中国がそれに挑んでいます。一帯一路という経済圏構想を提唱し、アフリカや南米で存在感を増している。
これには政治的な背景もあります。
長らく米国は世界の警察官でした。地球の裏側で起きた自国と関係のない紛争にも首を突っ込んで正義の名のもとに武力を行使する。映画のアベンジャーズみたいなものです。
軍需品を売って世界中に米国側の国を増やし、それらの国を勝ち組にしていく。そうして基軸通貨としてのドルを保ってきた。
しかし共和党が選挙に勝ちトランプが大統領だった時期には揺り戻しが発生し、内省的になった。
氏は強いアメリカを取り戻すために、自国さえ良ければいいという保守的な政策を推進しました。例えばTPPから抜ける、海外生産をやめて国内に生産拠点を戻せと企業に訴える、などです。
他国の紛争や争いにも顔を出している状況ではない、となった。
一帯一路を進める中国にとってそれはチャンスなわけです。そういった背景もあり、中国はCBDCであるデジタル人民元に力を入れているわけです。
一方で今の米国はCBDCは発行せず、USDCやUSDTなど民間のステーブルコインを規制管理する方向性で動いている。
米中対立の時代と言われていますが、基軸通貨をめぐってもこのように米中が競っている。本当に大きな時代の転換期を迎えていると思います。
僕は裏付けのあるステーブルコインだけでなく、DAIのような分散型アルゴリズムのものがあったっていいじゃないかと思っています。
むしろ、米中のどちらも勝たずに、ビットコインが基軸通貨になればいいと願っているというところです。
ハイパーインフレやスタグフレーションに備えてアセットクラスにビットコインも入れるべき
――米国を中心に、ヨーロッパや日本など各国で高いインフレが発生していますが、これについてはどのように考えていますか。
まずそもそもなぜインフレが生じているのか。これはコロナ禍やそれ以前の大規模な紙幣増刷が原因です。
これまでどの国も大量に紙幣を印刷しました。それこそ、人類の歴史上、かつてなかったような量です。そうやって、経済を下支えしてきたわけですが、紙幣を大量に発行するとインフレになるというのは経済の常識です。
編集者注:米国のマネーサプライ – Assets: Total Assets: Total Assets – FRED
円高、円安で一喜一憂している人もいますが、注目しなければならないのは法定通貨の価値の下落だと思っています。
そもそも法定通貨全体の価値が大規模な紙幣増刷で下落しているわけです。その下落している通貨同士でどっちの通貨が上がった、下がったという話をしてもしょうがないわけです。
恐怖心を煽るつもりはありませんが、ハイパーインフレやスタグフレーションが起こりつつあると僕は懸念していて、それに備えてアセットクラスにビットコインも入れるべきだと考えています。
――日本の状況についてはいかがでしょうか。
僕は日本の経済政策にもともと不信感があるんです。それもあってシンガポールに移住しました。
当時の僕には、日本はこのままダメになっていくのではないかという危機感もありました。
まさにライブドアショックがそうですが、ベンチャーが新しいことを始めようとすると、マスコミや行政、政治がガンガン叩く。
自国の産業の芽を摘んで、何をしたいのかわからなかった。
僕は当時、まだ40代になったばかりだったし、ベンチャー企業の成長とともに自分の会社も大きくなったという気持ちがあっただけに、自分の身を案じた既得権者が悲鳴を上げながら若手を押さえつけているようにしか見えなかった。
こんな国にいたら、古い経済や国家の既得権の仕組みに潰されてしまう、と思って日本を出ました。
今、シンガポールに来て暗号資産やブロックチェーンの事業を始めようとしている若い起業家はみんな、当時の僕に近い思いを持っているような気がします。だからこそ、応援したくなるんですね。
暗号資産はさまざまなサービスが競い合う時代に
――今、注目している暗号資産やブロックチェーン関連の事業はありますか。
暗号資産の信託事業です。ビットバンクと三井住友トラスト・ホールディングスが、暗号資産を扱うカストディ会社の日本デジタルアセットトラスト設立準備株式会社(JADAT)を設立しました。
今、日本では企業が資産の一部として暗号資産を保有するのは、会計基準や税法の制約があって難しい。
そうしたときに、信託銀行に資産管理を委託する方法があるのですが、日本には暗号資産を扱える信託銀行はない。そこで、ビットバンクと信託銀行を中核とする金融グループが手を組んだというわけです。
フラットに、暗号資産の活用という意味で注目しています。
暗号資産というと、どうしても投資、投機的な話題が多くなりがちです。IEOとか新規公開とか、NFTの新規プロジェクトとか。
そうしたことに熱心な人や会社も実際にあって、それも大切な事ですが、僕としては暗号資産による決済や信託などサービス領域の拡大に興味があり、そうした方面での支援を行っていきたいと考えています。
ーービットコイン建てで顧客資産を増やすことを目指したファンド・Cygnos Crypto Fundに出資されていますが、どのような背景があったのでしょうか。
Cygnos Capitalの三原さんとは、2012年1月に彼からDMを頂いて、当時取締役を務めていたラングリッチでインターンとして働いていただき、その後設立間もないビットバンクに合流してもらったご縁です。
ビットコインは非常に魅力的なアセットですが、ただ保有するだけではそれ以上にビットコインを増やせない。それでCygnosのような運用に需要があると考えファンドに出資させていただきました。
――今後は暗号資産も取引所などだけでなく、さまざまなサービスが勃興していくのですね。
今は暗号資産取引所が新規の顧客集めで競争していますが、いずれ取引所にアカウントを保有するのは当たり前の時代になり、その中でどのようなサービスを提供できるのかを競う時代になります。
まさに、インターネットサービスプロバイダー(以下、ISPと記載)の競争がそうだったように。
ISPの競争を一変させたのはYahoo!BBでしたが、暗号資産取引所の場合はFTX事件になるのではないか、と僕は考えています。
FTX事件が終わりの始まりで、暗号資産取引を扱っているだけでは生き残っていけない、もっと別のことに目を向けなければならないという流れになっていくのではないかと期待しています。
国内で存在感のあるGMOインターネットグループもISP事業が出発点ですが、今、GMOをISPから出発した会社だと認識している人はほとんどいないのではないでしょうか。
ビットバンクも取引所で成長した会社ですが、10年後はきっといろいろなサービスを提供する会社になっていると思います。むしろ、そうでないと生き残ってすらいないと思います。
コーポレートガバナンス強化の一環もあり、僕は2018年からビットバンクの経営から離れていますが、これからも株主としてビットバンクの新たな事業展開を見守っていきたい。もちろん、ほかの熱意ある若い起業家も応援していきたいと思っています。
▼取材にご協力いただいた加藤順彦氏。表参道の某所にて撮影。
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