通貨ストラテジストのAkira氏に、今後の日本の金融政策や米国の金融政策のアジアへの影響などについて伺いました。
Akira氏 プロフィール
大学院修了後、複数の金融機関でリサーチ業務に従事。現在は、為替ストラテジストとして活動中。ドル円などG10通貨のほか、エマージング通貨が専門。金融市場のデータだけでなく、新興国の現地情報を踏まえた情報を発信。
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取材実施日
2024年5月30日
日銀の利上げがあっても2024年度内に短期金利を0.5%にすることが限度では
ーー日銀が利上げする可能性について一定の確からしさを感じましたが、利上げは経済など各所への影響が決して小さくありませんが、その点についてはどう見ていますか。
年内に利上げするといっても、いきなり1.0%まで政策金利を引き上げるようなことはしません。
6月か7月に0.1%→0.25%に引き下げ、目先は、2024年度内に+0.25%引き上げて、短期金利を0.5%にすることが限度ではないでしょうか。
仮に0.5%まで利上げしてもインフレ率が2%以上になっているので、簡便に計算した実質金利(=名目金利ーインフレ率)はマイナスです。よって、利上げをしても「緩和的な環境が続く」というのが、日銀の主張のようです。
なお、最近話題になっている「自然利子率*r」(景気を過熱も冷ましもしない、中立的な実質金利)ですが、内田副総裁は*rを「▲1.0~0.5%」だと述べています。日銀は、政策金利の到達点は、*rにインフレ目標2%をプラスした1.0~2.5%だとみなしているようですね。
日銀は「展望レポート」の中で、2026年度までCPIが2%近く伸びるとみています。ということは、2026年度の終わりまでに、政策金利を1.0%程度まで引き上げる意気込みでいると解釈できそうです。
参考:内田日銀副総裁「わが国における過去25年間の物価変動」
ーー「日銀の主張のようです」とのことですが、そういった主張は具体的にはどこで確認できるのでしょうか。
例えば日銀の審議委員の講演会、最近では安達審議委員のお話などがそうですね。
植田総裁や内田副総裁も、講演などの機会に「実質金利がマイナスであるため、緩和的な金融環境が続いている」旨の発言がなされています。
ーー日銀の見解について伺いましたが、Akiraさんとしては経済への影響をどのようにお考えですか。
さすがに、影響が出ないわけはないでしょうね。
特に不動産関係などは、金融緩和の際に多額のお金を借りて投資している人も多数いらっしゃいますし、そこに影響が出ないことはないのではないでしょうか。
ただ、日本全体で見れば、たしかに日銀が主張するように実質金利はマイナスですから、政策金利を多少上げたからといって、それで景気後退に陥る可能性は低い、と言えそうです。
政治家は利上げに賛成なのか
ーー政治家の意見も日銀は無視はできないと思いますが、政治家は利上げに賛成なのでしょうか。
前提として、世界中の政治家で利上げが好きという政治家はいないと思います。有権者から景気が悪くなったと責められたくないので。トルコのエルドアン大統領の顔が浮かんできますね。
ただ、それ以外の弊害が大きくなりすぎてしまい、金利を上げて受けるダメージよりも円安が進み、物価が上昇して苦しむデメリットの方が大きくなっているというのが現在の日本です。
特に、政治家の票田である、年金暮らしの高齢者などはそうでしょう。
そのため、政治家も日銀に対してもあまり利上げ反対の声は上げないのではと思います。これがまずベーシックな見方です。
もう少し足もとの状況を見ると、安倍元首相を支えていた自民党の議員が、政治資金問題で打撃を受けたことも、影響があるかもしれません。彼らは、「アベノミクス」の三本の矢のうち、「大胆な金融政策」と称した金融緩和を、引き続き日銀に求めていました。
政治基盤が確固としていれば、日銀に対して「アベノミクス」の継続を声高に求めそうです。だが、彼らも今は浮き足立ってしまっており、そういう強硬な態度が日銀に対して取れない状況になっているはずです。
そういった意味でも、強い姿勢で日銀の利上げに反対するというのは勢力としては弱くなってきており、日銀にとってはチャンスだろうと見ていますね。
短期金利を上げても長期金利は2.0%以下に押さえ込むはず
ーー金利を上げると債券価格が下落し、銀行など既存の債券保有者に大きなダメージとなります。こちらについてはどのように見ていますか。
私は短期金利は段階的に引き上げると見ていますが、長期金利、つまり10年物国債の利回りに関してはある程度は押さえ込みにかかると考えています。
ーー具体的に教えてください。
まず、国債発行という形で多額の借金を抱えているのが日本政府であり、青天井に長期利回りが上がってしまうと彼らが最も影響を受けます。
財務省の予算計画では、予算を編成する際に、国債の利払い計算に用いる想定金利(積算金利)を計上しています。今年度予算では、足元の国債の利回りに1.0%程度のバッファーを持たせた1.9%前後を設定しています。
参考:来年度予算の積算金利1.9%に、市場実勢反映で17年ぶり上げ-関係者 または 令和6年度予算の後年度歳出・歳入への影響試算
日銀の利上げによって市中金利が急騰し、長期金利が2.0%を超えてしまうと、補正予算を組む必要が出るなど、財務省が困るわけです。
それで、日銀としては金融政策決定会合の後に、声明文を発表するのですが、おそらくその中で、3月会合時の声明文に記した「金利が急騰した際には躊躇なく国債を買い入れる」旨の文言をおそらく残すと思います。
今後、短期の政策金利の引き上げが波及して、長期金利が2.0%を超えるような事態になった場合、大量に国債を買って金利の上昇を抑え込めるように。
実際、YCC(イールドカーブ・コントロール)の枠組みにおいても、例えば長期金利の目途を1.0%にしていた際に、1.0%を超えると大量に国債を買い、国債の価格を上げて、金利を下げるということをやっていました。そのようなオペレーションを継続する、ということですね。
債券価格の下落に対する銀行の対応
ーー逆に言えば、0.25%程度の利上げでも日銀が無視できないほどには債券価格が下落する可能性はあるということでしょうか。
0.25%でも影響は大きいですね。
金利はある程度はリニアに動くので、短期金利を引き上げると長期金利はそれ以上に大きく動くので。
もう一点、債券を扱っている銀行、生保の話ですが、デュレーションが長ければ長いほど金利が変動した際の影響を受けやすいため、特に銀行に関してはデュレーションを短くする動きになってくると思います。
ーー例えばこれまで10年物を買っていたところを2年物に変えるなどそういったイメージでしょうか。
そうです。
年限を短くして、金利の変動に伴う債券価格の変動をできるだけ抑えて、バランスシートが傷まないよう対策する流れになると思います。
外貨準備を見る限りもし2024年内に米国の利下げがなければアジア各国にも大きな影響が出る
ーー米国の利下げについては具体的にはどのように見ていますか。
メインシナリオは2024年の年末にかけて、現在の水準から1~2回程度、利下げに踏み切るだろうとみています。
その後に関しては景気次第ではありますが、大きなリセッションに陥ることはないだろうという前提でみており、大幅な利下げはしないと見ています。
ーー「大きなリセッションに陥ることはないだろうという前提」で考えている理由について教えてください。
米国の経済についてはいろんな見方がありますが、やはり雇用が伸びていて、消費を中心とした経済活動が強いことが理由です。
また、金融機関はリーマン・ショックの反省を活かして審査や管理を徹底しており、景気が悪化した時の資産のダメージはそれほど大きくなさそうだ、とみているためです。
そのため、仮に景気後退に陥ってもマイルドな景気後退に踏みとどまると見ています。
ーーもし利下げが行われなかった場合、どのような影響の波及が予想されますか。
ブラジルやトルコなど、「おなじみ」の新興国に大打撃を与えそうです。
一方、私の専門であるアジアに絞って話すと、足もとではドル高が落ち着いたことで各国通貨の下落が止まり、各国の通貨当局や中央銀行は安心しています。
彼らも2024年末には米国が利下げするだろう見立てで通貨政策、金融政策を行っているわけですが、FRBが利下げを行わないのであれば、彼らにとっての政策の前提が崩れることになりますね。
この場合、為替介入を行うための外貨準備を、十分に持っていない国ではキャピタルフライトに見舞われる可能性が高まります。
現状、各国では資本規制が強化されていますので、アジア通貨危機の再来、とまではいかないかもしれません。
ただ、大規模な資金流出は経済に大きなショックを与えることは間違いないです。
例えばIMFが金融危機への耐性を図る目的で発表している”Assessing Reserve Adequacy(ARA)”の算出式に基づいて、私が足もとのデータを用いて試算したところ、中国、インドネシア、マレーシア、ベトナムは外貨準備が不足している、という結果になりました。
2024年中の米利下げ期待が裏切られた場合、こういった国々においては資金流出のリスクが高まりそうです。
参考:Assessing Reserve Adequacy(ARA)
中国、インドネシア、マレーシアはIMFの基準を下回るか、下回らないギリギリの水準である
ーー「IMFの発表によると、中国、インドネシア、マレーシア、ベトナムは外貨準備が不足しているとされており」について詳しく教えてください。
IMFのARAは、短期の対外債務や国の経済規模などに対して、どの程度の外貨準備を保有しているか、といった割合を示しています。
IMFは、適正な割合を100%から150%としていますが、中国は70%前後の基準となっています。インドネシア、マレーシアは100%ギリギリです。
ーーそれは米国債を売却する理由になりますか。
はい。米金利高・ドル高の地合いで、通貨急落時に「ドル売り・自国通貨買い」の為替介入を行うには、手元にドルを保有していなければなりません。
各国当局は、平時は利息が付く米国債という形で運用していますが、「いざ」という時には米国債を売却して、為替介入の「実弾」をつくる必要があるためです。
これは余談ですが、最近は「ポートフォリオの多様化」のため、新興国の中銀がドル資産を削減しているようです。たとえば、中国の中銀は、金の購入を増やしていると報じられています。
ただ、金は確かに流動性があるといえばありますが、米国債ほど売却が容易とは言えないでしょう。やはり、各国当局にとって、米国債は安全資産なのです。
中国が米国との対立を深めたとしても、一気に米国債を売り払って、代わりに金を買う…ということは考えにくいです。
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全二回のAkira氏のインタビュー、前編はこちら
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