「個別株で、預金以上インデックスファンド未満の低リスク低リターンを目指している」株式投資家・おせちーず氏 1/4

30年前から少しずつ株やファンドに投資し、資産を形成してきたというおせちーず氏。東京でシステムエンジニアや証券アナリストを経験した後、故郷の青森県に夫と移住し、市役所職員を経て、今は中小企業で嘱託職員をしている。安全・安定を第一にローリスク・ローリターンの運用を心がけてきたというおせちーず氏に投資を始めたきっかけや投資に対する考え方を聞いた。

インタビュー・編集:内田 誠也
執筆:山本 裕司

おせちーず氏 プロフィール

投資歴約31年の女性株式投資家。新卒でシステムエンジニアとして従事し、その後証券アナリストを経て、現在は企業に勤めながら大学で非常勤講師にも従事。『個別株でインデックス以下のローリスク・ローリターン』を追求した株式投資を行っている。

Twitter:https://twitter.com/osechies
ブログ:https://ssizehappy.exblog.jp/

投資がまだ一般的ではない1991年ごろにMMFを購入

――投資を始めたのはいつ頃ですか。

最初に証券会社に口座を開設したのは大学3年生のときで1991年ごろです。

アルバイト先の同僚の主婦が「中期国債ファンドを買った」と言っているのを聞いて、興味を持ったのがきっかけです。

中期国債を中心に運用する投資信託で、1円単位で購入でき、購入後30日過ぎるといつでも解約できるのでバブルのころは人気がありました。ほぼ同様の商品性でMMFがあり、それを買いました。

当時の日本国債は今よりもずっと利回りがよく、信頼もありましたから。金融機関が破綻するなんて誰も考えないような時代でした。

その後、日銀のマイナス金利政策もあって中国ファンドはなくなってしまいましたが。

――株式は買わなかったのでしょうか。

株は当時、一般の人にはまだなじみがありませんでした。

単位株制度の時代で、1,000株単位でしか買えないのが普通でしたし、株価も高くて、始めるには百万円は必要だったと思います。手数料も片道3%程度必要だったと記憶しています。

大企業の株を買おうと思ったら、最低でも1,000万円必要なこともありました。

1992年ごろでインターネットが普及する前ですから、買うには店頭か電話で注文しなければならないこともあって、大学生でも証券口座を持っている人は少数だったと思います。

そもそも銀行に預けているだけでお金が増えていった時代ですから、わざわざ証券会社に口座を開こうと思う人もあまりいませんでした。

私もMMFを30万円くらい買った後は、卒業して就職でお金が必要になるまでずっと置きっ放しでした。

――その後どのように運用されたのでしょうか。

就職したあと、システムエンジニア(SE)になったんです。就職して引っ越すときに、それまで持っていたMMFは解約して、就職後にまた別の口座を開設してMMFを買いました。

バブルの頃は普通預金の金利でもたしか数%あって、MMFはそれより少しいいくらい。

普通預金と定期預金の間ぐらいの利回りで、換金性のいい商品でした。

金融ビッグバンに乗って投資を開始

――本格的に投資を始めたのはいつ頃ですか。

私は1997年に結婚したんですが、そのとき名義を変えるのが面倒ですべて証券の口座を解約しました。

結婚して姓が変わると、今も手続きがいろいろと面倒ですが、当時は今以上に面倒だったんです。

それで、その資金を別の形で持っていたのですが、その頃から「金融ビッグバン」が始まりました。橋本龍太郎内閣の頃です。

バブル崩壊後に混乱した金融市場を再興するのが目的で、銀行や証券、保険会社のさまざまな規制が撤廃されたり、株式の仲介手数料の規制が撤廃されたりしました。

それで銀行の窓口でも投資信託を買えるようになるなど、金融商品もずいぶん買いやすくなったんです。

それで、その頃に投資信託を10万円ずつ2本ぐらい買いました。このときは、あまりうまくいかなくてすぐに手放しましたが。

松井証券がネット証券事業を始めて、ネット証券の先駆けとなったのもこの頃です。

それで、金融機関もオンライン化に力をいれるようになって、私もSEとして金融系のシステムに関わっていました。

オンライントレードが盛んになってきたのは、金融ビックバンが始まって3、4年経った1999年から2000年ぐらいにかけてでした。

私が本格的に投資を始めたのはその頃ですね。

当時では画期的だったノーロードで信託報酬が年1%のアクティブ運用ファンド『さわかみファンド』を購入

――その頃は何を買っていたのですか。

もう20年以上前のことなのでよく覚えていないのですが、カゴメか日清食品の株だったと思います。確か、この頃にカゴメが株主優待を始めたんですよ。

日清食品も、別にラーメンが好きなわけではないのですが株主優待目当てで。

2001年に単位株制度が廃止されて、企業が自由に単元株の株数を決められるようになったので、株も安いものなら10万円くらいから買えるようになっていました。

株式投資信託の「さわかみファンド」も2002年ぐらいから毎月買っていたと思います。当時は、日本株225のインデックスファンドを買うのにも売買手数料を3%くらい取られるのが普通だったんです。

ところが、さわかみファンドはノーロード(※編集者注:購入時に手数料が発生しないこと)で信託報酬は年1%、それでいてアクティブ運用をする画期的な商品だったんです。今は、それほど珍しくありませんが、当時は画期的な商品でした。

だから毎月1万円ずつ買おうと思いました。

――株の運用はうまくいったんですか。

それが30代半ばを過ぎた頃に、SEの仕事が体力的にきつくなって、証券アナリストに転職したんです。ですから、証券会社に就職するときに、株はすべて処分しました。証券会社の社員は、基本的に株式売買を自由にできませんから。

お金に対する興味を活かしてシステムエンジニアから証券アナリストに転職

――どうして証券アナリストになろうと思ったのですか。

SEの仕事は不具合の対応に深夜までかかることがありますし、トラブルで夜中に呼び出されることもある。それを15年近くやっていると、さすがに、あと10年やってくれと言われたら体力的にしんどいな、と思うようになって。

もともとお金の話には興味があったんです。

20代後半でファイナンシャルプランナー(FP)の国際資格である認定ファイナンシャルプランナー(CFP)も取得していますし。

そこで、SEの仕事をしながら、社会人大学院に入って金融の勉強を始めました。物事を調べるのも好きですし、金融の仕事ができないかということで。MBAを取得しました。

そして2007年に日本株のデータサービス会社へ転職しました。

日経平均銘柄の入れ替え予想や、東証1部の鞍替え予想を担当

――どんな仕事をされていたのですか。

1社目は日本株のデータベンダーでした。

その会社ではデータ運用の事業を始めようという目論見があったのですが、いざ就職してみると事業計画が頓挫して、やることがなくなってしまった。クビにはならなかったのですが、ここにいても、ということで転職しました。

次の会社ではクオンツアナリストになりました。株価のデータや業績の推移など数値化された情報を分析するのが仕事です。

日経平均の銘柄の入れ替え予想もしたことがあります。日経平均の構成銘柄にはちゃんと採用ルールがあって、ルールに基づいて計算すれば、ある程度入れ替えの銘柄は絞れるんです。

東証1部に鞍替えしそうな企業の予測もしていましたね。これは意外によく当たって、業界内でも注目されました。ほかには、金融機関が持っている持ち合い株の変化をレポートにまとめていました。

互いの友好関係や協力関係を維持するために、企業が互いに株を持ち合うというのは日本独特の慣習なんですが、業績悪化で無配転落した会社の株を持っていたりすると、海外投資家やいわゆる「モノ言う株主」らから批判を受けることになるので、バブル崩壊以降、解消が進んでいるんです。

一般の投資家はあまり関心がないかもしれませんが、持ち合い株を持っている企業は、他社の動向を確認するために必要としていましたね。

――投資を再開されたのはいつからでしょうか。

父も老いてきたので、2014年に夫と故郷に近い場所へ移住することにしました。うまく青森県内の市役所に採用され、5年半ぐらい働いた後、今は小さな会社の嘱託職員をしていて、大学の非常勤講師もしています。

株式投資を再開したのは市役所に勤め出してからです。

株については証券アナリストを7年半やりましたから、損をしないようにする自分なりの方法は分かっています。とりあえず再開してみようと、日本株を買うところから始めました。

リスクはできるだけ取りたくないのでリターンもリスクもインデックスファンド以下を目指している

――どういった基準で株を選んでいますか。

個別株を買っていますが、リスクはできるだけ取りたくないので、リターンもリスクもインデックスファンド以下を目指しています。

ですから、どちらかというと食品などディフェンシブな株が多いです。再開した頃は優待投資っぽいこともしていました。

他には将来の需要の伸びが期待できる企業の株式を適宜買っています。今であればインフラメンテナンス関係などです。

米国株もインデックスファンドと個別株を少しだけ持っていて、例えばAppleは持ってます。購入が2017年、現在は分割後1株38ドルくらいで、一時期は4倍を超えました。

リスク資産に占める割合としては、1割ぐらいが米国株だと思います。

――どうして個別株でインデックス以下のローリスク・ローリターンを求めるのですか。

いい質問ですね。一つは趣味だから。個別株投資は一生楽しめる頭の体操ぐらいに思っているので。

もう一つは、ガツガツ儲けようとは思っていなくて、資産がガツガツ減るのが嫌だから。

リーマンショックの頃に証券アナリストをやっていて、大きな損失を抱えた投資家を数多く見ました。

だから、自分の資産を運用するんだったら、ガツガツ増やそうと考えるのではなく、増えるときも減るときもマイルドでいいだろうと思ったんです。

銀行預金の利率より多く増やせれば、それでいいだろうと。

バブル崩壊やリーマンショック、アベノミクスなど市場の浮き沈みを経験して、ローリスク・ローリターンの投資に行き着いたおせちーず氏。次回は、証券アナリストとして見てきた市場の実態についてお聞きします。

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